2021年01月07日

「ビーマイベイビー」

「スターになっていたかも知れないお話」
◆1969年はGSブームの下り坂になった年です。
ジャズ喫茶(今のライブハウスのような所)の
お客さんも減ってきて有名なGSのジャガーズや
モップスでも十数人という日が増えてきました。

それでも希望をもって何とかやってきましたが
渋谷でライブがあったある日そこへ有名な
スカウトマンが現れました。
その人の名は上条英男さんといって小山ルミ・
ゴールデンハーフ・吉沢京子後の西城秀樹・
安西マリア・舘ひろし・川島なお美などを発掘し
スターにのし上げました。

もともとロカビリーの歌手でジョー山中さんを
スカウトして4・9・1(フォー・ナイン・エース)
のボーカルにして活躍していましたがすぐに
引退し裏方になった経歴を持つ方でした
僕のバンドのギターと知り合いだったようで
今度うちへ遊びに来いと言っていたそうです。
小山ルミ&USAでギターを弾いていたので知って
いたようですね

ボス(上条氏のニックネーム)は僕を一緒に
連れて来いと言ったそうで2〜3日後に目黒に
あった自宅に行くこととなりました
家に着くと背の高い若者が部屋へ案内してくれて
ボスがリビングで待っていました。

ギターと僕にあるレコードを聴かせてくれて
このようなデュエットを組みたいので今すぐ
ホリプロをやめて俺のところに来いという内容
で聴いたレコードはエバリーブラーザースの
バイバイラブでした。
「二人でアコースティックギターを持って
デュエットか!」
心の中でどうしようか、やるかやめようか
それはそれは二人でいろいろ悩みましたが
明日までにはお互いじっくり考えて結論を
出そうという事になりギターも僕もやはり
今もそうですが当時ホリプロはナベプロに
次ぐ大きな会社だったので辞めたら後々が
怖いことなどを考えましたね〜

ホリプロの総務にいたお姉さんのようにして
いただいた渡辺さんに(通称なべちゃん)
相談したら親身になって考えてくれて
「もしかしたら売れる確率は高いけどホリプロ
を辞めたらその後の圧力の方が怖いかもしれないね!」
ってアドバイスをいただき結局お断りをする事に
したのです。

二人でボスの家へまた行きましたがボスの家に
居候していたのが後の西城秀樹さんで廊下を拭き
掃除していたり僕達にお茶を出してくれたりしていました
ちょっとお話をすると「僕はデビューできるかどうか
わからないけど可能性にかけて一生懸命頑張りたいと
思うので色々教えて欲しい」と言って連絡先を聞き
僕達のバンドのライブやリハーサルに2〜3度遊びに
来て少しの間親交を深めました。

今思うとボスがスカウトした方はすべて売れた
んですね〜(これはすごいことです)
あの時、ホリプロを裏切ってボスの所へ行って
いたらと思うと複雑な気持ちです。

ボスにどうして僕を誘ったのかと聞いたところ
渋谷のライブの時に歌ったロネッツの曲
「ビーマイベイビー」が大変気に入ったそうです。

ということでDMでもリクエストが多かった
ロネッツのヒット曲で「ビーマイベイビー」です。
「ビーマイベイビー」

posted by 上原オサム at 16:07| Comment(0) | 日記
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