2020年12月25日

「チャイナタウン」

僕が矢沢永吉さんと初めてお会いしたのは1972年ちょうどパンダが
上野動物園にやってきた頃と同時期と記憶しています。
TBSテレビ,夕方5時からせんだみつおさん司会で「銀座ナウ」という
生放送の若者向けの番組でした
毎週木曜日にキャロルそして僕がいたバンドローズマリーが
レギュラーになり半年ほどご一緒させて頂きました。
僕のいたローズマリーはGSブームが去って解散したオックスのリーダー
福井利夫さんが作ったバンドです(内田裕也&ミッキーカーチス・プロデュース)
皆さんご存じの通りキャロルは最高のロックンロールバンドでしたが
活動時期は結構短かったです。
「銀座ナウ」の放送が終わるとすぐに六本木にあった
アルカポネというサパークラブで演奏していた
僕らの店に矢沢永吉さんがちょくちょく遊びに来ては歌いました。
あるときテレビ東京の番組で話題のグルーブというタイトルで
キャロルとローズマリーの特集の収録が決まり
(テレビ東京がまだ東京12チャンネルと言っていて東京タワーの隣にありました。)
当時の歌番組は収録に丸1日かかり本当に大変でした
カメリハが終わり休憩時間は他のメンバーがどこかへ遊びに
行ってしまい楽屋にいたのは矢沢永吉さんと僕だけになり
矢沢さんは暇つぶしにギターを弾いて歌っていました。
僕が「いい曲ですね!」というとニコッと笑い語り合ったのを思い出します。
キャロルらしくないバラード調の雰囲気で良い曲でした
何とその曲がソロになって大ヒットした「時間よとまれ」だったんですね〜
その後45年以上お会いしていませんが現在も第一線でご活躍しているのはすごいです。

キャロルのメンバーの一人ジョニー大倉さんの命日は11月19日でした。
キャロル解散後、内田裕也さんのバントで何度も一緒になりまた
住んでいたところが近かった(麻布十番付近)こともありよく十番で飲みました。
ある日偶然六本木の交差点付近で逢い一緒に飲みに行こう
ということになり3〜4軒はしごしてなんとお勘定はすべてジョニーが支払いました!
「今日、大河ドラマの出演ギャラが入った」と現金の封筒を
見せてくれてそれを全部使ってしまいました。 (笑)
本当に豪快でいい男でした。
世間でいわれている「生意気な奴」というイメージは僕には全くありません、
才能あふれるナイーブな鬼才という感じでした・・・
キャロルのメンバーとの思い出です。
「時間よとまれ」のB面の人気がある「チャイナタウン」を演奏してみました。

「チャイナタウン」
posted by 上原オサム at 09:34| Comment(0) | 日記
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